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Dialogue : about/ from HS’ curatorial practice 1
Mizuki Endo <ー> Yuka Tokuyama



21世紀に生きる私たちが、ゼーマンにどのような意義を見出すことができるのか?
徳山由香から遠藤水城への対話形式のインタビュー。(2007年3月)


ハラルド・ゼーマンのキュレーションによる展覧会、あるいはキュレーター像について

ME : そもそも彼の「なに」が当時新しかったのでしょうか?
YT : ゼーマンのエポックメーキングな仕事として二つの展覧会が挙げられます。

-1969年「態度が形になるとき」(ベルン、クンストハレ)
-1972年ドクメンタ5(カッセル)

R.セラ、L.ウィナー、B.ナウマンなどアメリカのコンセプチュアルアートとボイス、J.クネリス、M.メルツを始めとするヨーロッパのコンセプチュアルアートやアルテ・ポーヴェラ、ハプニングなどを大々的に取り上げたという歴史的功績と、その結果当時ディレクターを務めていたベルンのクンストハレを辞任に追い込まれ、またドクメンタからも赤字の結果罷免の上ゼーマン自身も破産し、その後はあくまでインディペンデントキュレーターとして展覧会制作に終始したという立場の新しさ、それに加えて展覧会制作という方法の新しさがあるのだと思います。
ただ、60年代の前衛については、オランダやドイツの先鋭的な美術館でも紹介されていたので、その功績をゼーマンだけに帰すことはできないでしょう。

そこで問題になるのが展覧会制作についてです。ゼーマンはしばしば展覧会の著者という表現を用いているのですが、それは出品作品(作家ではなく)の選定から会場設営(空間、照明)、全てを総合した芸術表現の場として展覧会をつくるという態度です。もともと演劇を志していたということもあって「総合芸術」のクリエイターを自認していたようです。時代区分や様式、素材といった美術史的分類にも無頓着で、見る歓びを与え、独自のストーリーを語る空間をつくるために、様々な時代、素材の作品がまさにキュレーターの直観に従って展示されたわけです。
その結果、美術史的には全く関連性のない作品が並列され、あるいはアーティストにとっても作品の一部分だけが展覧会に提供される、という状況となり、いわばキュレーターの独裁的な態度が揶揄されるという結果も招きます。

つぎにインディペンデントキュレーターとしての業績に絞ってみると、次の点が挙げられます。 1.上記の二つの展覧会の成功に対するスキャンダラスな結末が、アーティストを守り抜くために制度と闘い、その後インディペンデントキュレーターとして独立を貫くという潔い態度を招いたこと。これがゼーマンの「キュレーター神話」を生み出しているようです。(実際にはチューリッヒのクンストハウスで1983年以降「パーマネントフリーランスキュレーター」の契約を結び、ここで数々の展覧会を手掛けてもいるのですが。)
2.自営業者として、自分の家族や親しい技術者をまとめて運送、設営などを担う展覧会運営チームを営んでいたこと。
3.自分のつくった(つくろうとする)展覧会をヨーロッパ内各都市の美術館に巡回展として売ることによって予算を賄うという、展覧会のパッケージ化を行ったこと。

ME : ではそれは、いまなおどういう意義があるのでしょうか?

YT : インディペンデントキュレーターとして、美術館に不足しがちな現代美術の情報と経験をまとめて提供するという仕事は、美術の流通と採算とのバランスをギャラリーとは別の形で実現するという点では評価できることだと思います。また美術館に展覧会を売り込む家族経営の展覧会運営チームは、今日の非営利組織の原型ともいえるかもしれません。この点は非常に重要な点だと思います。ただ同時に、展覧会のパッケージ化は、私の個人的見解では受け手や場所性を無視した態度だと思うので、それ自体が現在において意義あるかといえば、むしろ弊害を伴うものでもあると思います。もちろん内容によりけりなのですが。
制度と闘うという態度については、のちに制度、歴史についての議論に持って行きたいと思います。

展覧会制作については、私自身もゼーマンの展覧会を見たことがないのですが、総合芸術表現の場としての展覧会という態度には賛成です。作品を美術史的啓蒙的に見せることよりもむしろ、観客が作品を見たその場での経験を持ち帰ることに関心があります。とくに現代美術に限らず美術の存在意義は知識ではなく経験だと思うので、空間との関係は切り離せないものだと思います。
展覧会の著者という態度にも基本的には賛成です。私自身は自身のセレクションによる展覧会を手掛けた経験はないのですが、キュレーターと名乗る以上、自分の選択には責任を持つべきなのだと思います。ただもちろん、作品、作家に対する敬意は最大限表した上で。

ME : ポイントを押さえて簡潔に説明して下さりありがとうございました。
「歴史的功績」「著者としての展覧会制作者」「インディペンデント性」の3点それぞれにまず僕なりにコメントしてみます。
歴史的功績に関しては、批評家の仕事とキュレーターの仕事が重なる部分ですね。同時代で起こっていることをきちんと評価して、歴史に乗せるということですよね?これに関しては、とりわけゼーマンだけがすごい、と言う必要もないのではないかと思います。ただ、少し思うのはテクストにはテクストの、展覧会には展覧会の「歴史化の方法」というものがあるように思います。この方法論に関して、ゼーマンがどれくらい意識的だったのかを知りたいと思いますが、これは実際展覧会を見てみないと何とも言えないんですよね。

著者としての展覧会制作者というとき、テーマを設定してストーリーを作る物語作者としてのキュレーターと、照明や配置など会場構成を手掛ける舞台制作者としてのキュレーターという二つの意味があるように思います。どちらも、既存の美術館における時系列的/分類的/標本的な展示に対して別の可能性を開くものだったと思います。
 まず前者に関して。これは多様化した現代美術を「説明」して「現代社会の文脈に入れ込む」という性格が強いと思います。ただ僕は、現在問題になっていること−ジェンダー、エスニシティ、階級、グローバライゼーションなどなどーをよく表わしている作品をセレクトし、視覚表現として観客に提示し経験してもらうという、非常によく見るキュレーションの類型がどうにも腑に落ちないところがあります。やっぱ、ちゃんとまともな本を読むか、実際に自分で社会活動をした方が早いし深くね?と思ってしまったりします。作品がテーマを伝える部分や道具になってしまうのも、気になります。ですから僕自身はおそらくそういうキュレーターではないと思います。
 空間構成、舞台装置に関しては、キュレーターはほんとにこだわる部分だと思います。見せ方あるいは、器の作り方ですよね。建築家や空間デザイナーと組んだりする人もいると思います。僕は、そういう経験をまだそこまでしていないので、これに関してはノーコメントです。

いずれにしても、僕は「author」としてのキュレーターからは遠い地点にいます。自分で選んでいるとも言えるし、そうせざるを得ないとも言えます。僕の仕事の仕方はいまのところ2つしかありません。
一つ目は、作品の素晴らしさ、複雑さ、崇高さ、偉大さ、どうしようもなさ、を最大限に発揮するような展覧会をする、というみもふたもないやり方です。自分が実際に会って、親しくなって、作品にも感動して、「あーこの人とは一生つきあっていけるな」と思ったアーティストと仕事をしたいということで、この時の僕はキュレーターというよりもただの下働きというか作家のアシスタントさんです。結局、僕はアーティストと一緒に仕事をするのが楽しいし、それをなんとか続けていきたいんです。
二つ目の方法は、僕が主体となってプロジェクトを立ち上げるというものです。福岡にart space tetraを作ったり、マニラにFuture Prospectsを作ったりしたのは僕のプロジェクトの一つです。それ以外にも雑誌や本を出版したり、小さいイベントをたくさん企画したり、社会活動をしたり、政治活動をしたり、といろいろやっています。それぞれのイベントには文化的・社会的・政治的意図があります。ただ、この時の僕もキュレーターではなくて、一般的にはただのオーガナイザー/企画者/首謀者です。そう考えると、僕はキュレーターではない、ということになるのかもしれません。

インディペンデントに関して。非営利組織の原型としての家族経営型展覧会運営チーム、というのは面白いですね。インスティテューションとは別の経済システムを構築できるか、というのもインディペンデント・キュレーターに課せられた使命だと思います。その点、日本財団や、国際交流基金、ポーラ美術振興財団、アジアン・カルチュラル・カウンシルの方々がサポートしてくれましたので、とても感謝しています。

その2へつづく)


 

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